第15回 学習データセットの中身(5)〜 著作物の学習利用 〜

AIの品質問題点をソフトウェア技術の観点から解説する
中島 震(国立情報学研究所 名誉教授)
中島先生は、放送大学大学院の情報学プログラムの中で「ソフトウェア工学(‘25)」を担当されています。先生の講義ではソフトウェア開発を工学的に行うためのプロセスや手法、品質や生産性、進化などに関する技術について学べます。ソフトウェア開発で生じる問題について学び、開発のプロセスに沿って問題点を整理し、問題解決への技術を理解していきます。
本記事では、ソフトウェア工学が専門で、「形式手法やソフトウェアテスティングの技術」「機械学習を対象としたAIリスクマネジメント」を研究されている中島震氏へのインタビューをもとに作成しています。
第14回では、生成AIと著作権の問題点について、著作物の類似性と依拠性の観点から解説いただきました
第15回となる今回のニュースレターでは、学習データ利用時に、著作物権法を遵守するために注意すべき点や必要な手順、国内外での著作権法の考え方について解説いただきます。
第15回 学習データセットの中身(5)〜 著作物の学習利用〜
著作物を学習データに利用していると、知らず知らずのうちに著作権法に違反しているかもしれません。著作権法に違反しないで著作物を利用にするには、学習データ収集時から十分な注意が必要です。実際、どのような工夫をしているのでしょうか。
インターネットからの収集
大規模言語モデル(LLM)の訓練を考えましょう。インターネットから収集した情報から学習用のコーパスを構築します。大まかには次のような手順になります。
インターネットからの情報収集には、クローラーを使います。これは、Webサイトを巡回して自動的に情報を集めるプログラムです。一般に、Webサイト運用者の立場では、外部からのアクセスを許可する範囲を限定しておきたいです。そこで、クローラーが参照可能な範囲を予め指定しておく方法(robots.txtに記載)を利用します。制限範囲に配置しておけば著作物を収集されないようにできるというわけです。ただし、クローラーが制限条件を遵守していなければなりません。Webサイト運用者とクローラー実行者の双方が著作権者の意向に沿った取り扱いをすれば著作物の混入を避けることができます。
次の段階で、収集データから学習用のコーパスを構築します。このとき、ライセンスを確認し、利用許諾されている文書だけを抽出する作業を行うことがあります。著作権の保護期間が切れているなどの理由からパブリックドメインになっている文書や、自由な利用が許可されているオープンな文書を選べば、著作権の問題を回避できます。
Common Pileは、Common Crawlを含むインターネットから収集した情報をもとに構築された学習用のコーパスです。Common Crawlには著作物が混入していることがわかっており、以前(第11回)に紹介したC4やPileといった学習データセットは著作物を含みました。そこで、Common Pileの開発では、ライセンスを再度確認し、オープンな文書だけに限定しました文献[1]。
ライセンスのロンダリング
Webサイトから収集可能な情報は、個々のテキストばかりではありません。データブローカーの役割を担っているWebサイトからクローラーが収集する対象は、既に多数のテキストを収集したコーパスだったり、学習データセットだったりします。このようなデータの集まりに対して、データブローカーのWebサイトが、自由な利用を許可していることがあります。
ここで注意が必要です。データの集まりが自由な利用を許可されていることと、個々の構成データ(文書)に付された利用条件がどうなのかは全く別のことです。オープンな文書だけを選び出すには、再度、個々の文書に付された条件を調べる必要があります。Common Pileは、収集した学習データセットが真にオープンかを精査する作業を行って、著作権侵害が生じないようにしました。
さて、個々の文書の利用許諾条件を気にしないで、集めたデータセット全体に異なる条件、特に、自由な利用といった緩い条件を付すことを、一般に、ライセンスロンダリングと呼びます。Common Pileはこのロンダリングに対しても注意し、著作物の混入を避けました。なお、著作権者に無許可で自由なアクセスを許可する「海賊版サイト」は、ライセンスロンダリングをベースとした違法行為ですね。
欧州AI法のGPAI-CoP
著作物には法的な根拠(著作権)がありますし、 AI関連法でも著作物の取り扱いを規定しています。具体例として、欧州AI法をみていきましょう。このAI法は2024年に成立し、2025年8月にGPAIモデル(※1)関連条項の運用が開始されました。その中に、著作権の取り扱い事項として、著作物のモデル訓練への利用に関する取り決めがあります。
一般に、実務者からみると、法律の条文は抽象的で、わかりにくいことが多く、欧州AI法も同じ問題を抱えています。そこで、GPAIモデル提供者が果たすべき事柄を補足説明した実践規範(CoP)が整理されました。CoPに署名し、記載事項に従うと宣言すれば、関連条文を遵守していると見做されます。実際、多くの欧米のLLM提供者がCoPに署名しています。なお、他の方法で、関連条文を遵守していることを示しても良いという点で、CoPは必須ではありません。
CoPには著作権の章があり、署名者(LLM提供者)が、著作権ポリシーを文書化し規制当局(AI Office)に提出することを要請しています。クローリングする際にアクセス制限条件(robots.txtに記載)を遵守してクローラー実行を制御すること、モデル訓練時に著作物の取り扱いに注意すること、生成コンテンツによる著作権侵害リスクを低減する方策を採用すること、などです。
残念なことですが、現在、広く利用されているLLMの多くでは、モデル訓練に用いた学習用コーパスの構築手順や内容が公開されていません。著作権上の問題を生じる文書が混入しているかの情報が詳細に明らかにされているとは言い難い状況です。GPAI-CoPの著作権ポリシーは最低限の紳士協定といえます。
※1:LLMはGPAIモデルの一種です。
著作権者によるオプトアウト
欧州AI法では、著作権者が利用拒否(オプトアウト)する場合、学習データに利用できないとしています。先に述べたクローラーのアクセス制限による方法は、オプトアウトの具体的な実現法の例になります。一方、Webサイト運用者とクローラー実行者の双方が、アクセス制限の仕組みを適切に活用することが前提でした。一般には、この約束を守っているかは明らかでないです。GPAI-CoPの著作権ポリシーは、LLM提供者が紳士協定に則っていることを明示する方法にすぎません。
さて、英国政府は、欧州AI法と同様な「オプトアウト」による利用制限を盛り込んだ著作権法改正を提案しました。その後、パブリックオピニオンの結果から、2026年3月に政府が改正法案を取り下げました。著作権者の保護にオプトアウトが有効かを議論し、否定的な立場からの意見が多かったとのことです。英国は18世紀に、世界に先駆けて著作権を確立した国です。その伝統にしたがって、著作者の権利を重視するという結論になりました。
日本の状況
生成AI技術は変化が速いことから、いろいろな議論があり、世界各地で対応策を模索しています。日本では、以前に述べたように、著作権法30条の4を、生成AIの実情に合わせて解釈しています。今後も、生成AIと著作権の関係についての議論が続けられると思われます。30条の4を素朴に理解して、利用許可がなくても学習データに使える、とするのではなく、最新の解釈の仕方を注視する必要があります。
参考文献
[1]
Nikhil Kandpal, Brian Lester, Colin Raffel, et al.: The Common Pile v0.1: An 8TB Dataset of Public Domain and Openly Licensed Text, arXiv:2506.05209 (2025).
次回の予告
中島先生の第16回ニュースレターでは、著作物とならんで、学習データとしての利用に注意が必要となる、パーソナル情報の取り扱いについて解説いただきます。お楽しみに。
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中島先生の著書はこちらです
■「AIアルゴリズムからAIセーフティへ」
中島 震 (訳) (原著:O.サントス, P.ラダニエフ)
丸善出版 2025年3月 (ISBN: 9784621310328)
■「AIリスク・マネジメント」
中島 震
丸善出版 2022年12月 (ISBN: 9784621307809)
■「ソフトウェア工学から学ぶ機械学習の品質問題」
中島 震
丸善出版 2020年11月 (ISBN: 9784621305737)