第6回 野生の暴れ馬LLMを飼いならす 〜その3〜

AIの品質問題点をソフトウェア技術の観点から解説する
中島 震(国立情報学研究所 名誉教授)
中島先生は、放送大学大学院の情報学プログラムの中で「ソフトウェア工学(‘25)」を担当されています。先生の講義ではソフトウェア開発を工学的に行うためのプロセスや手法、品質や生産性、進化などに関する技術について学べます。ソフトウェア開発で生じる問題について学び、開発のプロセスに沿って問題点を整理し、問題解決への技術を理解していきます。
本記事では、ソフトウェア工学が専門で、「形式手法やソフトウェアテスティングの技術」「機械学習を対象としたAIリスクマネジメント」を研究されている中島震氏へのインタビューをもとに作成しています。
第5回では、LLM利用アプリケーションシステムの基本的な考え方を紹介しました。
今回は、最近高度なシステムとして話題になっている
「AIエージェント」をLLMとの関係でみていきます。
なお、「エージェント」の具体的な動向は、
山口先生のニュースレターを参照してください。
第6回 野生の暴れ馬LLMを飼いならす 〜その3〜
知的さの向上
LLMを利用したシステムでは、覚えにくいコマンドを使う必要がなく、自然言語のプロンプトを入力して処理依頼できるので、従来に比べて、使いやすさが向上しました。それでも、複雑な作業では、細かく指示する必要があります。
気軽に「いつものアレを買って来てください」のように言えると便利ですね。依頼を受けた側は「何処で何を買うのか」、さまざまな情報を適切に補って作業を具体化します。もし依頼品がなかったら、代替品を選んでくれるでしょう。このようなシステムは、利用者の依頼(ゴール)を具体的なタスクに自動変換し、作業を代行する知的エージェントといえます。
知的エージェントの特徴
知的エージェントの実現は、AIの目標のひとつでした。1990年代中頃には、概念の整理が進み、知的エージェントの特徴が4つにまとめられました[文献1]。
• 自律性:自ら独立して作動すること
• 社会性:他エージェントや人間と情報交換する機能を持つこと
• リアクティブ性:状況に応じて適切に振舞うこと
• プロアクティブ性:目標達成の工夫をすること
先の例では、利用者から指示を受け(社会性)、ゴールをタスクに変換し(プロアクティブ性)、状況に応じて代替品を選び(リアクティブ性)、自発的に作業を代行(自律性)します。
LLMエージェント
LLMの登場以来、知的エージェントの機能を実現する方法の検討が進みました。外部のWebサービスと連携する機能、タスクの実行手順を計画する機能、実行結果を判断する機能、そして、利用者が与えたゴールを具体的なタスクに変換する機能などです。さらに、長期記憶によって、以前に実行した情報を格納し、再利用する方法も組み込まれるようになりました。最近では、このようなLLMエージェントあるいはAIエージェントの標準的なアーキテクチャが整理されています(図を参照)。

エージェンティックAI
上に述べたように、AIエージェントは複数の機能を統合することで、知的な振舞いを示します。知的さのレベルを向上しようとすると、ゴールの具体化、タスクの実行計画作成、実行結果の良し悪しの判断、といった各機能も高度化あるいは「知的さ」が求められます。
ひとつひとつの機能が高度化するとシステムが大規模化し、複雑なデザインになってしまいます。そこで、ソフトウェアデザインの定石にしたがって、モジュール化の考え方を導入しましょう。AIエージェントの各機能を独立に考えて、「関心事の分離」と呼ぶモジュラーデザインの方法を適用するのです。そして、各機能を実現したモジュールを「専門AIエージェント」とし、これらを組み合わせて、目的の「AIエージェント」全体を構築します。
このように、「エージェント」の集合体として「エージェント」のシステム機能を構成する考え方を、生成AI(Generative AI)と対比して、エージェンティックAI(Agentic AI)と呼ぶようになっています。図のようにひとつのエージェントに、すべての機能を統合する方法は、特別な場合です。
LLMエージェントは、暴れ馬を飼いならし、さらに、調教することで、サーカスの花形のように、高度な技をこなすようになったのですね。
[文献1]Michael Wooldridge and Nicholas R. Jennings: Intelligent agents: Theory and Practice, Knowledge Engineering Review, 10(2):115–152 (1995).
[文献2]Julia Wiesinger, Patrick Marlow, and Vladimir Vuskovic: Agents, Google White Paper (2024).
次回の予告
中島先生の第7回ニュースレターでは、LLMチャットボットとの対話時に遭遇する不都合な言語現象について解説していただきます。
中島震先生、山口高平先生のニュースレターバックナンバーはこちら
中島先生の著書はこちらです
■「AIアルゴリズムからAIセーフティへ」
中島 震 (訳) (原著:O.サントス, P.ラダニエフ)
丸善出版 2025年3月 (ISBN: 9784621310328)
■「AIリスク・マネジメント」
中島 震
丸善出版 2022年12月 (ISBN: 9784621307809)
■「ソフトウェア工学から学ぶ機械学習の品質問題」
中島 震
丸善出版 2020年11月 (ISBN: 9784621305737)